初めての採卵を終えて、私は再びいつもの生活に戻っていた。
が、気持ちだけは、もう不妊治療脳になり始めていた。
独身の私には、仕事しかないのに、働くことが嫌になっていた。
仕事で何かあるたびに、このストレスは、身体によくない、採卵に影響が出るのではないか、と気になっていた。
ネガティブ思考が止まらなくなった。
こんなにメンタルが弱い私なのに、選択的シングルマザーなんて無理なんじゃないか。
と、一人でいることに不安になり、婚活アプリをひらいてみるも、婚活も10年失敗し続けてるんだと、すぐに思い出し、落ち込んだ。
まもなく36歳の独身卵子枯渇。
子どもが産めないかもしれないなら、仕事を頑張るしかないと思うが、その仕事にも集中できていないのが現実だった。
選択的シングルマザーを目指したときに、Twitter(現X)のアカウントを作っていた私。
少しずつ同志にも出会い始めていた。
そのうちの一人が、仮名Aさんだ。
彼女も私と同時期に、社会的卵子凍結をしており、そののち、精子バンクを利用し、妊娠。私より1年先輩の選択的シングルマザーだ。
Aさんと出会って、私は力をたくさん分けてもらっていた。
社会的卵子凍結か、受精卵凍結か、で悩んでいたとき、踏み切れずにいた気持ちに共感してくれた。
1個しか採れなかった初めての採卵のときも、量より質だと励ましてくれた。
こんなネガティブ思考に陥ったときも、大丈夫、まだ生きてる、さっさと寝よう、と励ましてくれた。
彼女の言葉に私は本当に支えられていた。
この先も様々な場面で助けてもらい、今もまだ助けられている存在なのだ。
彼女との出会いがなければ、今の私は選択的シングルマザーになれていない、と思うほどだ。
Aさん以外にも、Bさん、Cさん、Dさん…と選択的シングルマザーの同志との出会いにより、私は一人じゃない、という気持ちが強くなっていた。
そして、2回目の採卵に向けて、オンライン診療を受けた。
この時、私は前回の採卵からプラノバールを飲み続け、55日間生理をとめていた。
不妊治療は、生理が始まったら、服用や注射など、治療が始まるからだ。
薬を服用していても、少量の出血があったため、あと1週間飲み続け、採卵日に合わせて、生理が来るように、調整をすることになった。
遠方通院じゃなければ…とこういうときでも思うが、受け入れてくれるクリニックがないことは、もうどうしようもできない。
そんな中、親友から第3子妊娠の報告を受けた。2人目までは素直に喜べたが…1回の採卵で卵子1個しか採れなかった私は、もう素直に喜べなくなっていた。
これから先、ずっとこのダークモードな私でいるのだろうか。
同い年で3人目。私は1人目すら持てるかわからない。
次の採卵に向けて、私は今できることを、一歩ずつ、進めるしかなかった。
