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選択的シングルマザーになるまで⑨|初めての採卵を終えて、次の採卵の準備

初めての採卵を終えて、私は再びいつもの生活に戻っていた。

が、気持ちだけは、もう不妊治療脳になり始めていた。

独身の私には、仕事しかないのに、働くことが嫌になっていた。

仕事で何かあるたびに、このストレスは、身体によくない、採卵に影響が出るのではないか、と気になっていた。

ネガティブ思考が止まらなくなった。

こんなにメンタルが弱い私なのに、選択的シングルマザーなんて無理なんじゃないか。

と、一人でいることに不安になり、婚活アプリをひらいてみるも、婚活も10年失敗し続けてるんだと、すぐに思い出し、落ち込んだ。

まもなく36歳の独身卵子枯渇。

子どもが産めないかもしれないなら、仕事を頑張るしかないと思うが、その仕事にも集中できていないのが現実だった。

選択的シングルマザーを目指したときに、Twitter(現X)のアカウントを作っていた私。

少しずつ同志にも出会い始めていた。

そのうちの一人が、仮名Aさんだ。

彼女も私と同時期に、社会的卵子凍結をしており、そののち、精子バンクを利用し、妊娠。私より1年先輩の選択的シングルマザーだ。

Aさんと出会って、私は力をたくさん分けてもらっていた。

社会的卵子凍結か、受精卵凍結か、で悩んでいたとき、踏み切れずにいた気持ちに共感してくれた。

1個しか採れなかった初めての採卵のときも、量より質だと励ましてくれた。

こんなネガティブ思考に陥ったときも、大丈夫、まだ生きてる、さっさと寝よう、と励ましてくれた。

彼女の言葉に私は本当に支えられていた。

この先も様々な場面で助けてもらい、今もまだ助けられている存在なのだ。

彼女との出会いがなければ、今の私は選択的シングルマザーになれていない、と思うほどだ。

Aさん以外にも、Bさん、Cさん、Dさん…と選択的シングルマザーの同志との出会いにより、私は一人じゃない、という気持ちが強くなっていた。

そして、2回目の採卵に向けて、オンライン診療を受けた。

この時、私は前回の採卵からプラノバールを飲み続け、55日間生理をとめていた。

不妊治療は、生理が始まったら、服用や注射など、治療が始まるからだ。

薬を服用していても、少量の出血があったため、あと1週間飲み続け、採卵日に合わせて、生理が来るように、調整をすることになった。

遠方通院じゃなければ…とこういうときでも思うが、受け入れてくれるクリニックがないことは、もうどうしようもできない。

そんな中、親友から第3子妊娠の報告を受けた。2人目までは素直に喜べたが…1回の採卵で卵子1個しか採れなかった私は、もう素直に喜べなくなっていた。

これから先、ずっとこのダークモードな私でいるのだろうか。

同い年で3人目。私は1人目すら持てるかわからない。

次の採卵に向けて、私は今できることを、一歩ずつ、進めるしかなかった。

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