「検査結果ね、大体いいよ。1つだけ、アンチミューレリアンホルモン(AMH、抗ミュラー管ホルモン)の値が低いね。採卵できるのは、1、2年かな。早くしたほうがいいよ」
低AMHだった。
2ng/ml未満で卵巣機能低下、0.5ng/ml未満で卵巣不全。私の値は、0.72ng/ml。
「1回の採卵で5個採れれば良い方だね。未受精卵子凍結なら年齢と同じくらいの個数はとっておかないとね。」
「あー、卵巣嚢腫の手術してるのね、卵巣を温存しても、卵子は生まれた時から個数が決まってて、卵巣の皮についてるからね。一緒にとっちゃったかもしれないね。」
先生から発される言葉は、不妊治療界隈じゃ当たり前のような言い方。
でも、私は…。
自分の身体のことなのに、何も知らなかった…。破談した直後、1年前、いや、もっと早くに行動すべきだった。
どうして誰も教えてくれなかったの?!学校の義務教育で教えるべき内容なんじゃない?!
「35歳から確率が…」のあの説明会の言葉。
私は34歳だから、ギリ間に合う、と思っていたが、大間違いだった。
卵巣年齢は40代。
タイムリミットは1~2年。
そもそも、そんなに子どもが好きではなかった私。
街中で騒いでいる子どもをにらみつけるレベルで得意ではなかった。
そんな私の仕事は、対子ども、教育系。幼い子は苦手で、中学生以上を相手にする仕事を選んでいた。
それなのに、なぜ、こんなにも子どもが欲しいんだろうか。これが本能というやつなんだろうか。
家に帰り、母に現状を話した。
母は、子どもが好きな方で、とにかく孫の顔を見たがっていた。
母は、「精子バンク使えないの?海外ドラマでよく見るじゃない」、「結婚せずに娘と孫が家にいてくれて、ずっと一緒に住めるなんて、この上ない幸せだわ」と言った。
その言葉に私も背中を押された。(あれだけ婚活だ、縁談だ、と言っていた母の適当発言にイラつきもしたが)
一度破談をしたものの、婚活は続けていた私。40までに結婚できなければ、精子バンクを使おう、と精子バンクのことも調べていた。
しかし、検査を受けたクリニックで、精子提供者は、配偶者か内縁関係の人に限る、ということを初めて知った。
何か方法がないのか、精子バンクの情報を集めた。
精子バンクから精子を個人輸入することは、液体窒素のタンクの問題さえクリアできれば、自宅への郵送も可能だということは分かっていた。
私は英語も日常会話レベルであれば理解できるため、英語への抵抗はなかった。
しかし、私は、低AMH。自然妊娠を何年も待てる状況ではない。
シリンジ法での妊娠は無理だと思っていたため、体外受精をする方法を探した。
国外での治療をサポートしてくれるサイトはいくつか見つけるも、国内の情報は全く出てこない。
片道1時間の県内のクリニックにいくことですら、時間がない、という私が、海外に何週間も滞在する、という選択肢はとれなかった。
この段階で、私は社会的卵子凍結ではなく、受精卵凍結の方法を探しているのだが、当時の私はそれに気づいてはいなかった。どうにか未婚でも治療をさせてくれるクリニックを探しているだけ、という認識だった。
